2020-10-16

一年前

 







犬の散歩に行かなくなったこともあるのか
今年は巡る季節への実感がない。
柿の実が熟れてきているのを見て
干し柿を仕込んでいる母を見て、
ああそうか、今は秋だったねと気付くこの頃。

一年前の今頃、10年ぶりのカナダへ出発した。
チョコのさみしそうな顔を見ると、うるっときそうになったが
「ひと月なんかあっという間や」という父の言葉に笑顔で手を振った。
地元は秋祭りの前日で、太鼓台の横を車でギリギリ通り抜け、
港まで送ってもらい、大荷物で船に乗り込んだのが懐かしい。
一眼レフカメラ一式とパソコンも持っていくことにしたので
荷物が多くなるのは分かっていたため、できるだけスムーズに移動できるよう
随分前から色々考えながら荷造りを計画していたが、
結局はただの大荷物の人になってしまった。
自分にとっては一大イベントだったし、行ってみて本当に良かった。
半年後には気軽に海外旅行などいけない状況になってしまったのだから、余計にそう思う。

あれから一年。
当時生まれたばかりでとっても小さい赤ちゃんだった甥は、大きくなり元気に歩いている。
我が家では、愛犬チョコとの別れがあり、別れのあとにはまた新しい出会いがあり
チョコの跡継ぎが到着している。

そう、家に子犬がやってきた。
チョコと同じ犬種の男の子だが、今のところ、チョコの子犬時代よりも
10倍くらいやんちゃかもしれない元気な悪戯っ子。
家族の間では「やんちゃ君」というニックネームまで得ている。
そのやんちゃ坊、スマホにもカメラにも遠慮なくアタックしてくるので
写真を撮るものなかなか大変。

また改めて紹介します。







2020-09-11

愛犬の遺骨



チョコの遺体は火葬した。

これまでのペットたちと同様、家の庭や畑に埋める選択もあったのだが

これまで一緒に暮らしたことのある動物たちの中で最も人間と密接に過ごしたチョコなので

できるだけ人間の家族と同じようにしてあげたいなと思ったのだ。

気温も高くなってきており、穴を掘るのも大変だというのもあった。

 

結果的に骨と灰になったチョコの体に対面することが、早く気持ちを切り替えることにつながったので

火葬を選んで良かった。

遺骨を引き取りに行ってからはメソメソしなくなった。

 

チョコが息を引き取った日の午後、両親と3人で火葬場に連れて行き、母がご詠歌を唱えた。

母の詠歌は心にとても響くものがあり、聴いていると自然と涙が出てくることがある。

チョコもしょっちゅう、母のご詠歌を聴いていた。

その時はまだ死後12時間くらいしか経っていなかったので

一晩おいて翌朝に火葬してもらうことになった。

 

翌日の午後、父と二人で遺骨を引き取りに行った。

これが~~の骨です、と説明を受け、箸で骨を拾い袋に入れて行った。

頭蓋骨は、これはチョコの頭だ!と思ったほど、雰囲気が残っていて

後でじっくり観察しようと思った。

かわいらしいのは、しっぽの骨だった。(小さかった!)

下あごの骨には歯がいくつか残っていて、歯磨きをさせてもらっていた歯たちだなぁと思った。

 

骨壺に入れて保管するつもりはないので、晒の袋に入れて持ち帰った。

さて、家に帰り遺骨が入った袋を開いてみると、

頭蓋骨は見事に割れてバラバラになってしまっていた。

母にも見せたかったので残念だったが、割れてしまったものは仕方ない。

 

新聞紙を広げ、遺骨を全部取り出して広げて、分かる範囲で仕分けをした。

今思えば、何を思って遺骨のパーツ分けなど行ったのだろうか?と考えてしまうが

目の前に並んだ骨を見て、触ることによって分かったことがある。

これらの骨は、明らかに「終わったものだ」ということ。

 

これらの骨を大事に持っていたり、眺めることで、当の愛犬とつながれるわけではない。

愛犬が喜ぶこともない。

これらは用が済んだ、役目を終えた殻なのだ。

こんなものにこだわっていても意味がない。

チョコの体を構成していたパーツの一部で、チョコ本人はこれらを捨てたのだ。

チョコの体をつくっていたものとしての感謝や愛おしさはあるが、

これらの骨の中に、もうチョコはいない。

早く地球の土へ還るのが一番だ。

頭蓋骨が割れてバラバラになってしまったのにも意味があったのだ。

私はチョコが亡くなった悲しみの中にひたるよりも、ここから先に進みたい。

やらなければいけない仕事がある。落ち込んでいては自分の役割を果たせない。


遺骨の整理をしているうちに、自然とそのように思考が巡り

気持ちの整理もついた。

 

 

その日の夕食後、チョコが側に来ていると父が言った。

手を差し伸べると温かいのだと。

「どれどれ、チョコやん、おるんやね。よしよし♪」

そう言って母もその場へ行き、それはもう、いつものように

二人でチョコに話しかけながら、撫でている姿そのもの。

見えないのはチョコの姿だけで、後はこれまで二人がチョコを可愛がっている様子と何ら変わらなかった。

肉体があるのは二人だが、そこには三人分の愛があふれていた。

 

私も食器洗いの手を止め、そこへ行って手を出してみると

確かにとても暖かい。

ここにいるのだ、チョコやんが。

嬉しくて涙が流れた。

目に見えず、触れることができずとも信じることができる者は本当に幸いだ。

 

チョコにとって、私たち家族の愛を感じることができるのはとても幸せなことで

こちらから愛の念を送れば側に来てくれるし交流できることが分かった。

骨なんかを見ているよりも、実物のチョコと触れ合いたい。

 

チョコの遺骨は、その翌日、庭の松の木の下に埋めた。

しっぽの骨二つと、いくつかの歯を手元に残しておいた。

小さな瓶に入れて、ジャムのラベルをつけるのと同じように、蓋に黄色い紙を貼り

「チョコのしっぽの骨と歯」と手書きしてある。

弟一家に見せたのと、その後1~2回、開けてチェックしてみたが

今はもう開けてみることもなくなった。

このまま置いておくと、カビが生えてしまうかもしれない。

そうなる前に埋めてしまった方がいいだろうなと思っている。


あれから三か月が経とうとしている。




2020-08-15

二か月が経ち

 チョコが地上を去ってから二か月が経った。

あれから、結構忙しく毎日を過ごしていることもあり

半年くらい経過したような気がしている。

看病していたころは、13歳の誕生日を迎えられるかな?

迎えることができたら、次は夏を乗り切ることができるかどうか。

などと考えていた。


きみは、誕生日も夏も迎える前に、旅立った。

本当に賢い選択だったね、チョコ。

あの後は、来る日も来る日も雨が降り、

雨が終わったら、凄まじい暑さの夏になった。

もしもまだここで生きていたら

どれほどの不自由と苦痛が伴うことになっていたか。

チョコやん。

きみは肉眼からは消えたけど、きみとはこうやって通じ合えている。

会うたびに、きみはとても幸せそうで、ご機嫌で、健康そうで。

何て幸せなことかと思う。

愛おしいきみよ。




10日ほど前の夕食後、片づけが一段落して椅子に座ったところに

チョコが現れ、膝の上に来て、寄り添うように丸まった。

「ぼく居るよ。大好きだよ。

何かあったら頼ってね。

ぼくが助けるから。」


これを伝えたかったらしい。

嬉しくて、久しぶりに涙が出た。


2歳になったばかりの頃。サンパウロから小豆島への長旅の途中。

2020-08-03

たのしかったね、一緒にすごせた時間。

確かに最後のころは苦しかったけど
みんながぼくのことを大事に思ってくれているのが伝わってきて、
ぼくは幸せだった。
いい家族のところに来れたな、よかったな、幸せだったなと思った。
みんながぼくのことを心配してくれて、とても心配をかけてしまって
もうしわけないなとも思った。
みんなからしてもらったことを、ぼくは絶対わすれないよ。
たのしかったね。一緒にすごせた時間!
ぼくを育ててくれてありがとう。



チョコは、霊界人のように上からふわっと現れた。
しっぽを振ってニコニコして、こちらを見ていた。
誰かに連れられて来たようだった。
おじいさんかな。
上のメッセージは、その人が代弁して伝えてくれたのかもしれない。


「みやちゃんがこっちへ来たら、いろんなきれいなところへつれていくよ。
たのしみにしていてね。」


7月25日

2020-08-01

You have lost nothing.

You did very well. I'm proud of you. 
I know your heart is still aching, but you'll get though;
then you can start using your experience
to help others who are struggling with similar situations.

You have lost nothing.
In fact you have gained greatly.
You will unite with your puppy once you get over here yourself.
He will be well taken care of, by us and by those who love him just as much.
He has gained many more friends.

And most importantly, your capacity to give love, and to maintain patience, 
altruistic heart and love, has grown through this experience.
Bond between your family has strengthened.
And you are now eligible for your next gift from God.
Be looking forward to that!

16-June-2020

(Message from my guide, received day after my dog has passed.)



チョコが死んだ翌朝にもらったガイド霊のメッセージです。

当時はまだ、さみしさや辛さが強く
サロンルームでヨガをしていても、急に涙が出てきた。
立木のポーズをしながら涙をぼろぼろこぼし、
くそーっ!この辛さ、絶対に乗り越えてやる!!
と心の中で叫んだのでした。

同時に、これで私も、大切な誰かを亡くした人の心の痛みが
少しは分かるようになるのだろうという安堵の気持ちもありました。

その後すぐ、もらった言葉でした。

写真は、生後3か月ごろのチョコやん。


2020-07-26

想いのあるところに愛犬がいる



チョコが旅立ってから早くも一ヶ月が経った。

あっという間だった気もするし、3ヶ月、もしくは半年くらい経ったようにも感じているという
何とも不思議な感覚。
1ヶ月も3ヶ月も半年も大して変わらないようにも思えてくる。

霊界での生活に慣れてきたチョコと交流することで
時空を超えた何かに触れることができているのかもしれない。
今までになく霊界が身近に感じられるのだ。

チョコを想うと、そこにチョコが居る。
それとも、チョコが来ているから、チョコを思うのか?
いずれにしても
愛犬が「死んで」一ヶ月後に思うのは
「想いのあるところに愛犬がいる」ということ。


きみがいない生活が日常になり、同時に
姿は見えないが「確かにきみがいる」ことを感じるのも日常になった。

不思議なことに、きみが「生きていた」時よりもずっと近くに
きみを感じるようになった。


 (7月15日)

(5/25)

2020-07-25

セミが鳴き雨がふる頃


雨が続き梅雨は明けないが
朝顔が毎朝咲き、大きなヒマワリも咲き終わり
夏野菜の多くも収穫のピークを過ぎたようで
大雨でない日にはセミの声が日増しに賑やかになっている。
(ツクツクボウシもよく鳴いているし、ヒグラシの声も聞こえる)









一年前

  犬の散歩に行かなくなったこともあるのか 今年は巡る季節への実感がない。 柿の実が熟れてきているのを見て 干し柿を仕込んでいる母を見て、 ああそうか、今は秋だったねと気付くこの頃。 一年前の今頃、10年ぶりのカナダへ出発した。 チョコのさみしそうな顔を見ると、うるっときそうにな...