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ようやく『彼女は晴れ空を追いかけ』 旅に出た。

大急ぎでパッキングをして、
船出港の10分前に
勇ましく?出発‥





晴れて彼女は、念願の『旅人』になった。


「行ってみればどうにかなる」
そうつぶやきながら、バイクでひとり旅に出かけた彼女。

これまで日帰りでひとり船に乗って出かけた2回とも
前夜から緊張でお腹が痛くなっていた彼女なのに。。

もちろん不安な気持ちは山ほどあったみたいだけど、
今回彼女がどうやってそれらに封をしたんだろう‥
知りたいけれども彼女はなかなか教えてくれない。


そんな事よりも!と彼女が喋りだすのは、
期待していた以上に綺麗で大きかった景色を見れた感動とか
旅に出る前よりも少しだけ頼もしくなった彼女自身に会えたり
「一人旅をしていても、自分は独りじゃなかった」と
感じる事ができて嬉しかったとか‥
そんなのばっかりで、こっちの質問にはちっとも答えてくれない。


まあ、良い旅でなにより‥!
でも次回の旅では、もっと人の言うことも
聴ける女になって帰ってきておくれよ〜
ナビゲーション能力も、はやく身に付くといいね‥






電話やメールや祈り、それから手書きの地図や
笑顔、笑い声、etc etc・・
色んなかたちで彼女と相棒の866kmの旅を
応援してくれたみんなの優しさに、心から感謝です。
ありがとう!!

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。