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父の日に、古い写真の写真を撮りつつ‥

昨年は、母の日に涙をぼろぼろこぼしながら
ブログに載せる長〜い文章を書いたのに
確か父の日には何も書かなかった‥。(あ、でもメールは書いたよ!)
(もうそのブログは終わらせちゃったけどね)
だから今年は書くぞー!!



まず、父の書斎にある古いアルバムを開き
書きたいイメージに合いそうな写真を探す。



あったあった、家族旅行の写真の間に!
こりゃいいや。
父が30代の頃の勇姿!



う〜ん、この写真誰が撮ったんだろ‥?





アウトドア&アクティブ派の父は
私たち兄弟が小さい頃から
海で山で、いっぱい遊ばせてくれ、
時には学校を休ませて旅行に連れて行ってくれた。

物よりも経験や思い出を沢山与えてくれた父。

小学生の頃、同級生との会話を思い出す。
確か、年明けにクリスマスプレゼントかお年玉の話をしていた。
「うちは旅行に行くから、おもちゃのプレゼントは無いんよ」と言うと
「え〜、そんなん嫌やな〜」と同級生。

「おもちゃもいいけど、家族旅行もめっちゃ楽しいよ」
当時の私には、そう答える勇気があったのかどうか
もう覚えていないが、
今の私がその場にいたら、きっとこう付け加えている。
「楽しい思い出は、飽きたり壊れたりしないし
大人になってからもずーっと心を暖め続けてくれる
一生物のプレゼントだと思うよ。」



若い頃は仕事一筋で、リタイアした後
のんびりと旅行や趣味を満喫するのも
素敵な生き方だと思う。

でも、若くて体力のあるうちに やりたい事を思う存分楽しみ
シニア世代に入った?現在はスロー&シンプルライフを生きる
父の選択も、とても輝いて見える。


去年だったかな?
3兄弟で飲み明かしたバンクーバーの夜。

子供の頃の家族旅行の道中、車のカーオーディオで
父がよくかけていた曲たちをYouTubeで探しては聴きながら
思い出話をしつつ、飲んだ。

そして誰かが言った。
『やっぱりお父さんの行動力は凄いよな〜。
真似したいけど、とてもできんわ。』

全員頷いた。


60代、70代になった3人が集まり飲む時にも
きっと同じように、楽しかった子供時代や
勇敢で、時には無茶苦茶?だった、
自慢の父親の思い出話で盛り上がるに違いない。

父がバイクに乗っていなかったら
私もバイクに興味を持つ事もなかっただろうし
スキーに目覚めた父がひとりでカナダスキー旅行へ行き、
その後40代の時にバンクーバーへ語学留学をしていなければ
私たち3兄弟は今何処でどんな生き方をしているのだろう。
想像できない‥




下のおまけ写真は先月に撮ったもの。
コンデジで、上手く撮れなかったのが残念だけど
何だかんだ言って結局60代に入っても
やってる事はあんまり変わってないか‥?(笑)





弟がこんな遊びを始めたら↓
「ワシもちょっとやってみるわ」と
やっぱり遊ぶの大好きな父は健在だった。。




自分の寿命を勝手に予測したりする、おもろいオッサンでもある彼。

「65か、もしそれを超したら72か74やと思う。」

そうですか、もし65だとしたら
あなたと一緒に過ごせるのはあと4年も無いのか。
一日も無駄にできんね(笑)
とりあえず、今夜は美味しい餃子を作るよ。

Happy Father's Day!!!


世界中のお父さん達へも、おめでとございま〜す。
若いお父さんも、シニア組のお父さんも、その中間のお父さんも
大切な家族と一緒に笑顔で過ごす一日になりますように。




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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。