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初めまして、『木のキャリー』です‥

紀伊半島ツーリングで大活躍した『木のキャリー』を紹介します。





イメージ的には、ちぐはぐで巨大な割り箸を結び付けたような感じ‥?


見栄えする写真が無いので、紹介するといいつつ後回しにしてきたんだけど、
よく考えれば、これをかっこ良く撮れということ自体
無理な注文のような気がする。



しかし、これのおかげで細い細いトリッカーに
容量50〜65Lのバッグをガッチリ固定できて
安全&快適なツーリングを楽しめたよ〜

ネットを掛ける必要も無く、頻繁なカメラの出し入れが
ストレス無くできたのも本当に助かった。

(高知の時にはネットを使ったので、
めちゃくちゃ面倒だったんだよね。。
最後の方は写真撮るの諦めてたもん。)



スリムなバイクに沢山荷物を積んで旅をしたい皆さん
こんな方法もあるよ〜。。


見かけはイマイチで、ちょっと恥ずかしいけど
荷物を積んでしまえば割り箸は目立たないしね‥



材料は丸太と板と紐。
丸太は昔、先代シャチの積み降ろしに使っていたものを再活用。
他に使ったのはノコギリ、サンドペーパー、蚊取り線香、鉛筆。



丸太には、キャリーのフレームに合わせて凹みを入れ、安定性を高めています。
道中、紐が緩んでいないかのチェックも心がけていました。



あ、作成者は私ではなく麦わら帽子のおっちゃんですよ。
バッグが届いてから出発まで時間が僅かだったので
大急ぎで作ってくれた。
ありがとう!!!


ちなみに彼は、WR乗りの弟にも
木のキャリー作成のオファーを申し出たところ
即答で「いや、要らん。」が返ってきたそうな(笑)







メーカーのイメージ写真とは前後逆にバッグを取り付けてます‥
工夫すれば本来の積載方向でもいけるかな?
逆向きでも全く不便は無かったけど。




旅の後、木の長さなどを調整してもらい
王子の印章も頂戴し、




その後も、ゴムバンドを買ってきて試したり、
散歩中に竹林の側を歩けば、竹の可能性にも想像が膨らむ。。
次回の旅では一段とグレードアップされてるかもしれません。
お楽しみに‥









トリッカーちゃん
これからも、型にはまらない旅スタイルでいろんな所へ行こね♪




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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。