もしも僕が木だったならば

もしも僕が木だったならば。

人間がこの大地の主であるかのようにふるまっている事を残念に思う。
そして偉そうにしている彼らも実はもカネに操られている事を、笑う。
でも、心の底から笑いはしない。
なぜなら僕もその「カネ」の指令で、いつ切り倒されるか分からないからね。


























『リニア中央新幹線』プロジェクトが話題になっている。
東京ー新大阪を一時間余り、東京ー名古屋を40分で結ぶ計画らしい。
高速道路も一般道路も、従来の新幹線も普通の鉄道も、空路も海路もあるこの国に
まだ新たな交通手段が必要なのか。
さらにそのルートの決め手は、金だという。


「未来をより速く、もっと便利に」
もたもたしていると、取り残されてしまうから。
のんびりしていると、勝ち残れないから。

心のゆとりを確保する時間を持てぬまま忙しい日々に追われ
疲れた顔をした人々が街には溢れかえっているというのに、
我々はさらにハイスピードな未来を目指すのか?




日々加速を続ける競争の中で失われていくものや、犠牲になっていくものたち。
それらの事も考えてみるべきなのは分かっているけど金にはならないし、
金にならない事をのんきに考えている間にライバルに差をつけられてもつまらない。



山を貫き、生き物の命や住処を損ないながら築き上げた未来の超高速列車は
人々の心を豊かに、そして幸せにしてくれるのだろうか。

もし私がそのプロジェクトのために倒された木だとしたら
少なくともその答えがYESなのであれば、少しは救われるかもしれない。







もしも僕が木になれたなら
僕は速く走る事が得意じゃないから
しばらく木でいてみるのも良いかもしれない。











ただし




こんな顔を見かけたら、早く逃げてください。

















しっこかけられるよ。

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