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京丹後巡り

ツーリングからはや2週間が過ぎてしまった。

のんびりと、旅記録の続き再開です。

引き続き丹後半島にて。





田んぼから臨む海。
に〜やん愛用の、表紙の無いツーリングマップルに載っていた景色より
もう少し海側へ進んでみたところ。



後で調べてみたら、この辺りは海の見える棚田で有名な場所らしい。

(今回私はナビゲーション係ではなかったんだけど確かここは
新井という所‥だよね?)

今回見えたのは稲刈りが終わってしまった後の乾いた田んぼだったけど
今度は田植えから刈入れまでの間に行ってみたい。
絶対過綺麗なはず!



細いコンクリート道を下った先は、崖だった!

こんな感じ↓

確認せずにバイクでギリギリまで乗り入れてしまった勇敢なライダー1名。。
身軽なオフ車なので、そんなピンチも難なくクリア。
(でも、真似しないでね‥)


続いて、宇良神社(浦島神社)までの細い山道には猿もいた。








境内に面白い木を発見。

タロウさん、天に向って伸び続けていたけど
そろそろ竜宮城が恋しくなってきたらしい^^


旅は続き‥




左側に見える海沿いのワインディングロード。
道も景色も極上の快走路だった。












(ここで何枚も写真を撮った後に「屏風岩はどこにあるん?」と尋ねるライダーがいた。)







京丹後の締めくくりは海の前のケーキ屋さん。
潮騒とボサノヴァをBGMに
おいしいデザートとコーヒーをいただく。


冬ツーリング仕様に着込んでいたおかげで
海のど真ん前のテラスに座ってもぬくぬくと快適。
贅沢じゃ〜!





時計を見ると、すでに暗くなる前に宿へ到着するのは難しそうな時刻になっていたので
間人から兵庫県豊岡の竹野まで、夕暮れ道を急いだ。

(それにしても間人という地名、「たいざ」って読むんだってね!
「かんじん」かと思ったんやけど‥)


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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。