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遥か向こうのまっすぐ前

そろそろ載せとかないと出番を失ってしまいそうなので

トップの写真を桜ヴァージョンに変えたばかりだけど、スキーレポいきます。









先月、新しいマイスキー板を大切に抱きかかえ訪れたのは
岐阜県、高鷲スノーパーク/ダイナランド。


日生港から約400KM。
高速道路のICからアクセスが良く、5時間くらいのドライブだった。









ゲレンデは、スキーヤーよりもスノーボーダーが多かった。












天気も良好!

ピークシーズン中の週末は、きっと混雑するのだろうけど
平日の空いたゲレンデを満喫。贅沢贅沢。






これまでずっとレンタルやお下がりの道具を使ってきた私も
今回ついに自分の板で滑るスキーの楽しさを知ってしまった。

やばいかも‥







HEADひいきの弟に勧められ選んだ『EveryOne』


小回りが利くので斜度が大きくなってもスピードコントロールしやすいから怖くないし
快適な中斜面でスピードを出したい時には惜しみなく飛ばしてくれる。
すっかり惚れてしまった!!









高鷲には幅も広くて快適な中斜面が何通りかあって
どれも気持ちよかったので、殆どこちら側のゲレンデに滞在した。


そしてガンガン滑って、燃料補給。





高鷲スノーパークは、全体的にとてもカラフルなイメージだった。
レストハウスもこんな感じで。







こちらはダイナランドのスロープ。




午後からは斜面がゴリゴリになっていて大変だった。
手前に見える雪の塊みたいなのは、クーラーボックスの氷のように硬かったんだよ!



眺めは最高だったけど!




高鷲側の斜面から向こうの方に見えたのは、木曽御岳(だと信じてるんだけど‥?)




木曽御岳の麓には、昨年オフロードバイクのイベントで出会った
ステキなお姉さま夫婦が暮らしている。

遥か向こうから手を振ってみたけど、届きましたか〜?^^

今年の夏こそは、トリッカーに乗って会いに行きたいな!!






今回載せたのは、全てコンパクトカメラの写真。

滑りを満喫したかったので、重たい一眼レフは持たず
できるだけ身軽にゲレンデへ向って正解だった。


やっぱりアルペンスキーは荷物を気にせず思い切り滑れるのが一番だね!


遥か向こうのまっすぐ前に現れた木曽御岳に語ってみた。

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。