スキップしてメイン コンテンツに移動

終着点、そして続くスタートライン

相棒と私の3度目の冒険は856.9KM。


旅の最後に見たのは、昔々の窓だった。









予想していた以上に色々ぎっしりと詰まった旅になり
帰宅直後は考える事にも動く事にも気合いが必要だったほど疲れていたけど
もう大丈夫。

その疲れはとてもいい疲れだったし、いい旅だった。

一番嬉しいのは、旅に出る前の自分よりも
856.9KMを駆け抜けた後の今の自分の方が好きだと
自信を持って言えること。








旅ログは、ぼちぼちと取り組むことにしよう。


目前の課題は5月22日のマラソン大会!


痛めた足が思う様に回復してくれないことを理由に
トレーニングもさぼりつつ
出場を迷い続けてきたけど、やっと決まった。



初めて大会に参加した昨年、来年もまた出ようと思った一番の理由を呼び戻してみた。


ジョギングやランニングはひとりで行うものだと信じていた私が
マラソン大会というものに参加してみて
(大雨の中!)大勢のランナー達と一緒に走る独特の雰囲気や
(大雨の中!!)道端で声援や拍手を送ってくれた人達に感動したんだった。




去年よりも早く走れなくていい。

無理はしなくていい。

難しく考えなくていい。


今年は、大会の雰囲気を楽しむために出場しよう。












そんな訳で、本日からなんちゃってアスリートモードに切り替え。

アルコール&コーヒーとはしばらくの間お別れだ。




大丈夫。
決まれば、後はやるだけだよ。


このブログの人気の投稿

旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。