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雨降る5月の日に

今日は雨。

一日降ったり止んだり。






ランニングも休みにした。

『無理はしなくていい』と自分に言い聞かせておきながら
先日の大会参加決定宣言日からほぼ毎日走りに出かけて
気付けば4種類にも増えた膝サポーターが
最近の私のベストフレンドになっていた。


どう言い訳しても、ちょっと頑張り過ぎているみたいなので
今日の雨をスローダウンのきっかけにした。


実は、昨日朝のランニングの後、また両方の膝が重苦しくなってしまったんだよね。
両膝にサポーターを着けていたにも係わらず!
30分もかけて、約3.5キロ*走っただけなのに!
(*ジョギングシミュレーター調べ)

もうタイムは気にしないと決めたけれども、それでも
足を痛める前に自分自身で考えていた目標タイムの55分/10kmに
笑われたような気がして悔しくて、
そして本番では10キロコースのうちいったい何キロ分を走れるのだろうと
少し心配になって少しだけ落ち込んだ。







チョコ選手に代理出場してもらえぬものか‥



(ピンぼけです、ごめんなさい)


しかし、早起きして海沿いの道を走った後
車の窓を開けてお気に入りの音楽と風の音を聴きながら家に帰り
シャワーを浴びて一日を始めるのって最高!!


バンクーバーに居た頃もよくやっていたから
なんとなく懐かしい気持ちにもなる。



やっぱり私は外の道を走ることが好きだ。


歩くのも悪くないけど、走ることはもっと好きだ。



(家族みんなで外へ出かければ、彼もいい顔を撮らせてくれる)




ランニングは大会のためだけでなく、その後も続く習慣にしていきたい。
20代の頃みたいには融通が利かなくなった身体を労りながらね。

今はちょっとチャレンジの時だけど、全てが上手く行っていると
反って不安に思ってしまう癖が定着しつつある最近の私なので
ちょっと欠けてるくらいが丁度いいのかもしれない。




(でも、何としても松かさは譲りたくない彼)



以前ある人に教わった言葉がある。

辛くて苦しくて辛くて苦しかったあの頃
自分をしっかり肯定し支えてあげなさいと、贈ってもらった言葉。


辛い、辛い、でもこれが今の自分!






当時抱えていた壁は、今の足の問題のように可愛らしいものではなくて
私はそのアドバイスをあまり上手に実践できなかったけど
やっと今、この言葉の力に追いつけたような気がする。


素直に嬉しい。






足が痛くて思い切り走れなくて悔しい。

これくらいの、あまり高くないハードルから始めて練習していけば
いつかもっと大きなチャレンジにも対応できるようになれるかもしれない。

そんな事を考えた5月の雨の日。











雨と言えば、この間のバイク旅も
強烈な雨スタートだった!!


色んな事を考えながら走ったあの日の夜
ホテルの部屋でひとり缶ビールエトセトラを飲みながら
日記帳に複数ページ分の文章を書いたよ。
(最後の方は半分寝てたらしくて読めない文字になってるけど‥)
編集できたら載せるね。












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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。