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やっぱり雨だったけれど。


やってきた2011年5月22日、第34回オリーブマラソン 大会の日。
今年もみごとな大雨降った!
でも我ら10kmレース集団のスタート後まもなく雨は上がり
去年ほどはずぶ濡れにならずに走れた。
結果は去年よりも4分遅れ、1時間5分かけて完走。
10kmを走りきれたし、足も無事だった!!

トレーニング中の自分の走りや
すぐに悲鳴をあげていた膝や足首の事を思うと
奇跡のような結果なんだけど、とにかく完走できて嬉しかった。
無理の無いようにと、ずっと自分自身にかけていた
ブレーキを解除してやったのも良かったのかもしれない。





やると決めたからには、何が何でも絶対に上手くやってやる。
5月4日に大会参加の再決意をしてからの日々を、この思いと共に過ごしてきた。
頑固やとか頑張り過ぎやなどと忠告されたりするのが嫌だから
自分以外の誰にも言わずに。

でももちろん、自分ひとりの力で出せた結果だとは思っていない。
早朝ランニングの時に愛犬の散歩を快く引き受けてくれた家族。
遊びたいのを我慢して側で筋トレやストレッチの邪魔監視をしてくれた愛犬。


こちらが自慢の愛犬です⇩
(食い渋り中‥)


コース脇で応援してくれた母とおばあちゃん。
日本と香港とカナダからの嬉しい応援メールや電話。
酒飲みランナーのブログを見て秘かに応援してくれていた貴方。



そして人が目的を持ち強く願い動く時、目に見えない存在が力を貸してくれる。
何度か聞いた事のある話だが、今回それを実感できた。

みんなの優しさのおかげで私は頑張れたよ。ありがとう。









思いを結果に繋ぐ。
強く願えば叶う。

I did it!


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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。