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夏みかんマーマレード作り

約束通り、マーマレード作りの写真ですよ!






塩でよく洗った夏みかん6個、重さ約2.5kgでスタート。





皮を剥く。




皮を6〜8等分して内側の白いわたを削ぎ取る。


取り除いた白いわたは、捨てずに後で別のお菓子に変身してもらいます。





皮をひたすら刻む。



続いて果肉の白い袋をむいて、果実と種とを取り分ける。

これが一番面倒くさい。

一度に沢山作る時には、みかんの酸で指がシワシワになるんだよ〜


面倒くさい作業をしながら、同時に外皮の処理を進める。

刻んだ皮をしっかりもみ洗いして、3回茹でこぼす。

これで皮の苦みがだいぶ抜けるそうだ。
でも苦みも少しは欲しいので、ほどほどに。









そしてたどり着いた果肉と皮と種!

これで下準備完了。


後は砂糖を加えて煮るだけ。



果肉と皮の合計の重量を計り、必要な砂糖の分量を計る。

ジャムの保存期間や好みによるけど
夏みかんは酸味が強いので砂糖の量も多くなる。
私はだいたい果肉+皮の重さの40〜50%くらいの砂糖を使う。




(種はマーマレードにとろみを与えてくれるので
ダシパックに入れて一緒に煮込む。)







一年ぶりの今回のマーマレード作り。
実はお気に入りのレシピを紛失してしまい
砂糖を加えるタイミングをどうしても思い出せなかった。

なので適当に、2、3回に分けて砂糖を投入。

手間をかけて準備した末に砂糖の加え方なんかで失敗せぬよう祈りながら。。

灰汁取りも念入りにやる。





好みの硬さの少し手前で火を止めて
熱湯消毒した瓶に詰める。
沢山できたので、ウチではジップロックに入れて冷凍もする。

今回は砂糖の一部を黒砂糖にしたので、ジャムの色が少し暗くなった。





さて、皮の白いわたは
可愛い砂糖菓子に変身。




こちらは母の仕事。

以前母はマーマレードと皮の砂糖菓子と両方同時進行で作っていたそうだ。
私にはとても真似できません。。








おばさま、おばあちゃま達に配ると大喜びしてくれるそうです。


みんなに配られて無くなってしまう前に、私もしっかりつまみ食いをする。



Mommy's Candied Orange Peels


私ももう少ししたら、この自家製マーマレードを使って
すご〜くおいしいバターケーキを作るよ♪

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シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

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雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
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