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食べてしまいたいくらい好きだった指輪

ハイスクールに通っていた頃、母にもらった銀の指輪がある。
長い長い間冬眠していたその指輪を最近発見した。
煤みたいに真っ黒になっていたので、一生懸命磨いてみた。
母にもらった指輪。
実はこの指輪と私の間にはちょっとした歴史がある。
私がチビだった頃、たぶん2歳か3歳くらいの頃
母が少し目を離した隙に私はこの指輪を飲み込んでしまった。

チビの私がゲホゲホ言い出して、外しておいてあった場所から
あの指輪が無くなっているのに気付いた母は、私を逆さにして背中を叩いたのか
(それとも揺さぶっのか、振り回したのか、詳しくは知らないんだけど)
どうにかして指輪を吐き出させたそうだ。

窒息の危機から救ってもらった私は無事ティーンエイジャーに成長できて
カナダでハイスクールへ通うようになった。

あの頃の私も指輪が大好きで、シルバーリングを買い集めては
色んな色のネイル・ポリッシュを塗った左右の手に
合計4つも5つも6つもの指輪をつけていた。
周りの女の子達と同じ様に。

そんな頃、母がこの指輪を私にくれた。
嬉しくて毎日つけて学校へ行った。


(私が10代20代の大半を過ごした文化の中では、
それぞれの好みのファッションやヘアスタイルで懸命に自己表現しながら
学校へ通うのが、ティーンエイジャーという生き物だということになってました。 
そうだよね?
ちょっとユニークなデザインのこの指輪は、先生達にもよく褒められたよ。)


時はさらに流れ、母にもらった指輪は
ジュエリーボックスの中で過ごす時間が増えていった。
輝く石が乗った金色の指輪やプラチナの指輪をつけていた時期もあれば
指輪をまったくつけない時期もあった。

そして再び私は、母にもらったシルバーリング、
食べてしまいたい程好きだった指輪を手に取った。





プラチナもゴールドもよく知らなかったあの頃は
何とも思わなかったけど、今気付いたよ。
シルバーはとても優しくて温かい光り方をするんだね。















写真を撮っていると母がやってきて言った。
『あら、お母さん昔それにそっくりな指輪を持っとったんや〜♪』




「お母さん、これがあの指輪なんやで。
真っ黒になってたんを必死で磨いたの。」






そして、母の嬉しそうな笑顔。







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