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太平洋を眺め、梅雨よさらば。


最近出先などでよく雨にあうものだから
『晴れ空の下』というタイトルを改名しないといけないかもと思っていたら
梅雨明けしちゃったね。






写真は過去記事にもフォトアルバムにも何度か登場した
高知県南西部の入野海岸。何度訪れても惚れ惚れする開放感と美しさ。


ほんの数時間前に出発した雨の香川から一転、
若者達がサーフィンを楽しむこちらはすっかり夏だった!







今年初のダイビング(もちろん in 高知!)行ってきました。

ファンダイビングではなくて、がっつり講習。

海上も海中も低気圧の影響を受け、楽しいダイビング三昧の予定が急遽
強化合宿風に変更されてしまったけど、それはそれでいい思い出になった。
海の色んな表情を体験させてもらえるのも光栄だ。



海の中の世界のことを、もっと深く知りたい。

海は私に何を教えてくれるのか、知りたい。


昨年恐る恐るダイビングを再開したときに生まれた二行の思い。

それらへの答えは、時間をかけて大きなバインダーに集めていきたい。







こちらは竜串海岸。
波が激しく打ち寄せていたので、遊歩道散策は断念。






そして知りたい事がもう一つ。。


昨年トリッカーでの初めてのソロツーリングの時には迷う事無くたどり着けた桂浜へ
今回カーナビ付きの車で行こうとしたら迷走してしまったのは、なぜ‥??


変な細い道とか何度かのUターンの末、たどり着いたよ。
この眺めもたまらなく好き!(坂本龍馬記念館の屋上より)



ナビゲーションと言えば、今回受けたアドバンスドオープンウォーターダイバー講習
必修項目に「水中ナビゲーション」があった。

陸上でのナビゲーション能力もさっぱりなのに、水中でやるんだよ!
どうなったと思う?


実はコンパスを使ったナビゲーションは、直線、四角形ともに
一発で決めることができて、3mくらいしか無い透明度の中で
よく出来ましたと褒めてもらった☆

しかし自然の目標物を使うナビゲーションでは案の定、
なかなかスタート/ゴール地点にたどり着けず、3回くらいやり直し。。

コンパスの使い方は分かったけど、
方向音痴脱出の日は、近い将来では無さそうですな。


ともあれ、夏だ夏だ!海だ!


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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。