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竜串のおんちゃんの、うまいもん

引き続き、先日のダイビングアドベンチャーの土産話です。



3日間みっちりの講習スケジュールだったので
ベストな体調で講習に臨むため&費用節約のためにも
竜串での滞在はノンアルコールにするつもりだった。

酒好きが高知県へ行って酒を飲まないなんて、邪道中の邪道なんだろうけど
今回は目的があるから仕方ないんやと自分に言い聞かせつつ。。


ところが宿泊したホテルの食事処は
近所のおんちゃん達が集う居酒屋になっていて
毎晩飲まされた‥!(笑)

やっぱり邪道は許されんかった〜



しかも最後の夜には、川えびと貝の差し入れが!!







おんちゃんが、その日に捕ってきてくれたものを
宿の板前さんが、川えびは素揚げにして塩を少しふりかけて、
貝は甘めに煮てくれた。




もちろんどちらも最高に美味しかった!!


ガイドブック通りの旅ではきっと体験できない旅する楽しさを
シアワセに味わいました。ありがとうございました〜☆


そんな訳で私はまた、いっそうの高知ファンに。


余談だけど、実はこの最終夜には飲まなかったんだよね。。

翌日の最終日には、ディープダイビング+ドリフトダイブx2の
3本立て講習が控えていたので、好物の生ビールが忙しく飛び交う中
ビールにぴったりな美味しいものを目の前にしながらも、我慢我慢‥


その頑張りが無事認定に繋がったのだと私は今でも自分を慰めてる。。





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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。