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『きみもバイクに乗りたかったの?』

恐ろしく暑かった7月最後の日は、午後からバイクに乗ってきた。


暑い暑い日でもバイクで走っている最中は風をいっぱい浴びて快適なんだよね。

目的地でバイクを降りても快適でありたかったので、行き先は山にした。








霞んでいるのが残念だけど、段山の石の館からの展望。







空気が澄んでいると、こんなに綺麗に見えるんだよ〜→昨年の記事

あの時は持って行ったカメラも違うしね‥
また今度一眼レフを背負って行かないかんね!






喉湧いたので、小豆島ヴィラの自販機に寄り道。
そこでは、ネコのミィさんが(勝手に命名)昼寝中だった。

とってもフレンドリーなミィさんは、
起こされたのに嫌な顔一つせず遊んでくれた♪










カワユ〜イ♪




帰り道では可愛い子鹿と、かなり大きな蛇(たぶん青大将)にも会った。

小豆島にもいろんなのが住んでるんです。


そして帰宅するとトリッカーのタイヤによじ登ろうとする蝉の登場。







バイクを止める直前に、地面を歩く蝉が見えたので近寄って側に座ってみた。
するとその蝉は進行方向を変えて私の方へ歩いてきて
差し出した私の左の人差し指に「ただいま〜」という感じで登り始めた。。

実は昨年も大きな蝉に懐かれたし(その時のお話
私って蝉に好かれやすい体質(←何それ?)なのかもね‥






『ヨシヨシ、セミヲくん。バイク乗りのおねーさんは好きかね?
セミヲ:『‥‥』


チョコやんにも紹介した。

チョコ:『?!? 誰?』


この蝉の命は、もうだいぶ残り少なくなっているように見えた。
羽が傷んであんまり飛べなくなっていた。




バイバイ!


ひょっとしてあの蝉も、バイクに乗ってみたかったのかな?

死んじゃう前に。


シートの上にも乗せてあげればよかったな〜



田舎へ帰って写真とバイクを始めてから私は
以前は気付く事なく素通りしていたような
小さな出会いにも注目するようになった。

特に自慢するような話ではないけど、私的には嬉しい。









最後に、ヒグラシの鳴き声
2011年ヴァージョンです。




video







今日は、3記事くらいに分けてもいいくらいの内容を無理矢理一つに押し込んだので
やたら写真が多くて長い投稿になってしまった!
読み辛かったと思うけど最後まで見てくれて、どうもありがとう☆

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。