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土佐清水からの帰り道

早くも一ヶ月前の話題になってしまいましたが、
先月のダイビング合宿帰り道の旅録です。
恐ろしく長いよ〜

また今度ね、竜串!


竜串でのダイビング講習最終日は悪天候、でも気合いで予定通り3ダイブを決行。
後片付け、ログ付け、書類手続きなどなど全てを済ませ
まだ生乾きの器材を車に積み込み竜串を出発する時には
もうかなり薄暗くなっていた。


雨が降り続く国道321号&56号を走り、新しい中土佐ICから高速に乗り
夜の9時半頃、予約しておいた高知市内のビジネスホテルに到着。
市内も大雨だった。

(途中、目的地のホテルをカーナビに登録するのに手こずっていなければ、もう少し早く着いてたかも

ホテルから2ブロック程離れたパーキングに車を停め、荷物を抱えてチェックイン。

そしてトランクの中の生乾きの器材が気になるので、駐車場までもう一往復。


まだ水分を含んだBCDやウェットスーツ諸々のダイビング器材一式と
こんな時のために用意しておいたタオル、雑巾、新聞紙、ハンガー等が
詰め込まれたギアバッグは、恐ろしく重たかった。
(後で開いてみると、なぜか2Lのペットボトル水もバッグに入っていた。。)

相変わらず大雨なので傘もさしながら大切なマイギアを担いで
パーキングの階段を降り、賑やかな夜の街を必死で歩いた。。
僅か2ブロック程度の道のりだったけど
あれは10kmマラソンよりもしんどかった〜



何とか部屋へたどり着き、死ぬ程重たいギアバッグを降ろしたら、誰かが言った。
『今すぐビールを飲ませてくれないと、あたしはもう動かん』

仕方無く私は再びエレベーターに乗って自販機の階まで急いだ。
部屋へ戻り仕入れてきたアサヒスーパードライのタブを開け
一口飲んだら生き返り、疲れもどこかへ飛んで行った。



遅い夕食では、前日に飲めなかった分も(その時の話)しっかりビールを飲んだよ!

やっと手にした生ビールももちろん、「味見してみて」と
居酒屋のやさしいおかあさんが食べさせてくれた
太刀魚のお寿司も最高だった!






だから、私はまた高知へ行きたくなるんだ。







翌朝。

再び大荷物を抱えて駐車場まで2往復の時にはまだ降っていた雨も
チェックアウトを済ませて高知城の側まで移動した頃、やっと上がった。








下の写真は、高知城の追手門。
奥の方に天守閣もちょこっと写ってます。











雨上がりの蒸し暑い空気の中、
天守閣の手前まで延々と続く階段を登った。
暑かった!

でも昨夜の器材担ぎウォークに比べれば楽勝。









天守閣に上がるには、400円が必要だと分かったので
周りから写真を撮るだけにした。


だって、昨夜のパーキングも有料やったし高知城の駐車場も高かったもん。
普段、金を払って車を停めることを知らない田舎者やもん。。









お城を眺めた後はひろめ市場に寄り道
美味しそうなものをお土産にいくつか選んで、車に戻った。


そして市内を抜け出し、桂浜を目指した。


その道中、標識よりもカーナビの言う事を聞いたのがいけなかったのか
道はどんどん怪しく細くなっていき、Uターンを何度か行うことになった。


また雨が降り出したので、桂浜におりるのはやめて
坂本龍馬記念館へ行ってみた。


地下から順に展示を見てまわった。
一部の展示を除き、そして史料にフラッシュが当たらないように
写真を撮るのは構わないそうだが
人々の龍馬への想いに圧倒され、結局一枚も撮らなかった。


開放的な展望の屋上に上がってから、数回シャッターを切った。






相変わらず雨だったのでまた室内展望フロアの窓際に座り
しばらくの間静かに太平洋を眺め続けた。


龍馬も一緒に見てくれていたのだろうか。










軽くお昼を食べ、午後2時過ぎに高知インターから高速道路に入った。

4時に高松港に到着。

高松〜高知は、2時間もかからないなんて!

同じ香川県でも、本土に住んでいると太平洋を見に、
もしくはカツオを食べにちょっと高知まで行ってくるわ〜
くらいの感覚で行ける距離なんだね。
ダイビングももっと頻繁に気軽に行けるよね。
船の時間も気にせずに。

かなり羨ましいかも。。



高松港も雨だった。










こんな感じで、初めての車一人旅は無事に終わった。


バイク旅のように「旅してる感」は無いものの、車旅の楽チンさに感動。


もちろんバイクで行く事も検討した。
(だって高知南西部の海沿い道、あれはぜったいバイクで走るべき道でしょ!)
しかしやっぱりどうしようもない大荷物だったし
移動時間と移動の疲労をできるだけ少なくしたかったので車を選んだ。

今回の移動時の天候や時間帯を思えば車にして絶対正解だった。


でもいつかはやってみたい気もする。
バイクでダイビング。。









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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。