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昨年夏の思い出:失敗ハンドルバー

これ何か分かる?


仏頂面くん:『分からんし知らんし、何にも面白くなさそう‥』


昨年の8月。

トリッカーのハンドルは少し長過ぎるんと違うかと言われ、
試しに交換してみたけれども何もかもが気に入らず
あっという間にガレージの肥やし?になってしまったのが
写真のハンドルバー。
名付けて「かわいそうなハンドルバー」


対応車種リストの中にトリッカーの名前が書いてあって
丁度セールになっていたので通販で買ってみたんだけど
紛れもない失敗だった。





新しいのに交換直後


かなりイメージが変わった。



そして乗り心地も劇的に変わってしまい
トリッカーがトリッカーでなくなってしまったような気がした。

それが良い変化なのか良くない変化なのか、すぐには何とも言えず
何より、面倒な作業の後に「これやっぱり好きじゃないかも‥」
などと言う勇気が無かった。
とりあえずシートに座り写真を撮って気を紛らわせてみたり。。







せっかく買って苦労して交換したのだし
もしかしたら慣れの問題かもしれないと思い、
しばらく我慢して乗ってみた。

しかし少し走っただけで両手のひらが痺れてきたり、肘や手首が痛くなったり。
私がそのハンドルに適した乗り方ができなかっただけなのかもしれないが
どちらにしろ、だんだん乗るのが楽しくなくなってきたので
 一ヶ月くらい後には元のハンドルに戻してもらった。






このカクっとした角度が一番すかんかった!
弟におこられた。
これはオフロード系バイクのハンドルじゃないと。。




残念な失敗ハンドルバー。

何となく筋トレ用の道具っぽくも見えるので
工夫してトレーニングにでも使おうかな〜
なんて言ってみたものの、もちろん一度も使っていない。


あれから一年になる。

いつか書こうと思っている間に、一年が過ぎてしまっていた!



右と左で違うトリッカーのグリップの秘密です。



左右のミスマッチは、意識して見ているとだいぶ気になる。
けど乗っている時には殆ど忘れている。


理想を言えば、アクセル側のグレーのやつを取り除いて
もう少し柔らかいのに変えて色も揃えたいと思う。

でも、接着剤を付けて馬鹿力で押し込まないといけなかった
あの大変なグリップ交換作業を思い出す度
(私は手伝っただけやけど)
やっぱりこのままでいい事にする。


ハンドルグリップの装着って、あれほどにまで力を要するものなのでしょうか?
それとも私が選んだグリップとハンドルバーの相性が特に悪かったのだろうか‥


今となればいい思い出だけどね。




もしまた愛車のカスタマイズをやってみる事があれば
ひとりで選んだり決めたりは、私はもうしません。。












明日は8月最後の日。

やらなきゃいけないこと、
やっておきたいこと。
たくさんある!




みなさんの8月31日も、素敵な日になりますように。






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気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

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もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。