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うどん女子復活



釜あげうどん(大)


2011年最後に食べた麺も
2012年最初に食べた麺も
これ。


入院中は色々あって、最後の日まで
食札に『麺禁止』と書かれていた。

退院後間もない頃は、大げさに柔らかくした
うどん一玉を40分かけてやっとの思いで食べた。

初めてうどん屋に入った時には
薄味の病人食に舌が慣れていたので
ダシの味が濃過ぎて食べ辛かったし
薬味もトッピングも恐くて全く使えなかった。


ロッキーロードを通り抜け
また普通にうどんを食べれるようになれて
ああ幸せ。


でも薬味のゴマは、いけないので
綺麗に避けながらショウガとネギだけを使う。


発病前は基本的に好き嫌いを言わずに何でも、
そしてできる限り残さずに食べる人で
偏食は一種のワガママだと思っていた。

食事制限付きの身になってみてやっと、
人には好き嫌いを超えた食事事情があるのだと理解する。
病気は、私に沢山教えてくれる。


それから、『麺禁』の汚名返上万歳!!

コメント

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気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

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言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

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全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

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絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
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