スキップしてメイン コンテンツに移動

緑のプチケーキと、ホットグリーンスムージー



甘ーいシュガーアイシングかクリームが乗っかった
美味しそうなマフィンに見えませんか?





実は彼ら、野菜ジュースとホットケーキミックスの
超簡単おやつ。

ノンオイル、ノンエッグですよ。
砂糖もホットケーキミックスに含まれている分のみ。

白いクリームみたいなのは水切りヨーグルト。お好みで。

野菜ジュースを作ったミキサーに
ミックスの粉を入れて撹拌して
型に流し入れ、ついでに沢山あったバナナも
スライスしてトッピングして
オーブンで焼いただけ。





好評だったので、2回目も作りました。




今度は欲張ってホットケーキミックス二袋使い
8個のプチカップケーキ。


二袋分の粉を加えて、ミキサーで混ぜるのは大変だった。
横着せずにボウルに移して混ぜる方が良さそうです。




トッピングの緑はパセリ。


パセリに加え、セロリの葉も入ってるの♪

セロリ嫌いな弟と、セロリ大好きな彼女さんが
今度帰ってきてくれたら
どっさり入れて作ってあげる予定(笑)








私の野菜ジュースを紹介します。




グリーンのベースは今の季節は
畑の小松菜、大根葉、ほうれん草など。
かぶ菜だったこともある。

そして、あれば人参やかぼちゃ。


お腹のUC様の事情により、生野菜や冷たい物は
消極的な摂取を心がける必要があるため
緑も黄色も赤も茹でたり蒸したりしたものを使う。


バナナもレンジで暖めてから使う。
南国産であるバナナは身体を冷やす作用があるという。

暖めたバナナを使うと、ジュースにとても素敵なとろみがでる。
スプーンですくって食べるような
デザート風のスムージーもできるの。
おすすめよ〜



パセリも加えると味や香りにパンチが加わり美味しくなります。
畑までパセリを一茎もらいに行くのに寒すぎない時に(笑)




スキムミルクときな粉をお湯で溶いて加える。
1/3〜半分くらいを豆乳にすることもある。


普通の牛乳を飲める人は、牛乳でも。




私の大好物ホットスムージーの出来上がり♪



畑やカーポート横で大きくなってきている
ロケット(ルッコラ)の葉も
刻んで少し入れてみたら
それもまた美味しかった。



コメント

このブログの人気の投稿

旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。