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スペシャルミントティー



スペアミントとアップルミントのお茶。


いつでも好きなときに
フレッシュハーブティーを
楽しめる。


決して楽ではないけれども
やっぱりハーブを育てていてよかった!!
そう思える瞬間のひとつ。





うちのアップルミント。





20年くらいも前に植えた小さな苗が
何があっても死なない不死身帝国に成長してしまった
驚異の生命力のハーブ。

(少女だったわたしが植えました。
耕耘機で根絶やしにしたと思っていても見事に復活しました。
ミントは植える場所を充分考えてから植えましょう。
土の中に太い茎を張り巡らせて増殖するので
根付いてしまったらそれを取り消すのはとても困難です。
地植えはあまりおすすめできません。)




スペアミント。



入院日の朝に大きな鉢に植え替えた。
根詰まりを起こしていて、そのままでは危なそうだったので
退院して帰ってきたらスペアミントのお茶を飲みたかったので、頑張った。
(その時既に微熱があったのは内緒です。もう時効です。)



そんな二種類の特別なミントのブレンドティー。

とても美味しくて、飲んだあとに
彼らへお礼を言いに行きました。



ハーブたちは、元気に急成長した姿で
わたしの帰りを待っていてくれた。




裏のハーブ畑プロジェクトは
昨年の5月の連休中にスタートした。

あれから丁度1年。

わたしは2回の入院を経験。
ハーブ達は大きく成長し
畑はミニハーブガーデン風になってきた。
思いはちゃんと形になるんや。




コメント

ぴとみ さんのコメント…
「地面に預けるのがいちばん確実だ」と、近所のお百姓さんがおっしゃいますが、ハーブを1年預けて大きな利息がつきましたね!
ちょっと化学の力を借りつつも、体と心を自然に預けて、快適な過ごし方を探りましょう。いいものが増えるかもしれません。
Miya さんの投稿…
ぴとみさん、こんにちは☆

ありがとうございます。

いいものが増えるかもしれません

そのお言葉にワクワクしまーす♪♪

やっぱり、母なる大地に育ててもらうのが一番ですよね!
鉢植えと地植えの、元気と勢いの差が一目瞭然です。

去年植えたときにはあんなにチビだったのが、こんなに大きく育ってくれて‥
考えていると感動がじんわり染み渡ってきます。

畑があり、休み休みながら畑作業のできる身体と時間にも
恵まれていることに感謝感謝です。



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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。