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兄貴と島巡り








デュアルスポーツの前の週末には
東京に居たときに沢山お世話になった兄貴のような人が
香川出張のついでに島へ来てくれた。

何と6年ぶりの再会!
今月は嬉しい再会の多い月なのだ。


連絡をもらって、『楽しみにお待ちしていまーす』の返信の翌朝
例の頭痛と嘔吐のパーティーになってしまったものだから

僕が行くと言ったとたんに具合が悪くなって
口ではぜひお越し下さいと言いながら
本当はどんだけ嫌われてるんだ〜?

などと言われてしまったが(笑)、大丈夫だった。
ちゃんと奇跡的に復活してみせた。


面白い話を沢山聴かせてもらい
以前少しだけ一緒に仕事をさせてもらった人たちを
思い出して懐かしみ、わたしの話も色々と聴いてもらった。


家の中ばかりで過ごし、腐れ気味になっていた心も洗い流されて
とても良い気分転換になった。 ありがとうございました。




わたしの周りには、ひとまわり前後くらい先輩の素敵な人達が何人かいる。
ありのままの自分といつも対等に接してくれ
時には妹のように可愛がってくれる
彼らの存在にわたしはとても支えられ救われている。







新しい中山の竹の家にも初めて行ってみた。
(『小豆島の光』王文志さんの作品)
今度のは天井に丸い穴が空いていて、お月さんのようにみえる。
とても良い空間。また行こう。



和風でお淑やかで箱入り娘な雰囲気の別嬪さんが ←何とわたしのことだそうですよ!謝謝^^☆
バイクに乗ったりスキーをしたり海にダイブしたり
「親父がけ」した耕耘機で畑を耕したりする様子などが面白くて仕方が無いと兄貴は言う。
(たぶん、この記事とかこの記事とかのことね)

いつも『何じゃこいつ、めちゃくちゃおもしれぇ〜』などと思いながら
ブログを見てくれているんだって。

うれしいなぁ。

もしかしたら、兄貴と同じように
笑ったり呆れたりしながらブログを眺めてくれている方々が
他にもいるんやろうか‥
そうだとすれば、すごく光栄だ。


最近は病気のこともありインドアに偏っていることが多いが
本来は屋外の広い場所で駆け回るのが大好きなんですよ、わたし。

それに、全然箱入り娘ではありません。
例えばまだかなり幼い頃、親父と小さな船に乗って沖へ出て、海に入れられ、
浮き輪を遠くへ投げた親父に『ほら、あそこまで泳げ』と言われ
半泣き&死ぬ気で泳ぎました。
子供用のプールなんてなし。いきなり深い海。


インドアとアウトドアと。
そのうちにまた、両方愛おしむことのできる自分にも会えるだろう。





島まで足を伸ばしてくれてありがとうございました。
チョコやんに松かさのお土産も、美味しいお茶も〜
また来てくださいね!!



コメント

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朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
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シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

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その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
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本来はこんな感じなのだろうなと思った。
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