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共同制作





愛犬のチョコやんと浜辺を歩きながら
拾い集めたガラスや貝殻や石ころで
こんなものも作っています。







(フレームに置いた写真は太平洋の向こう岸です)




ボクはまつかさでかざりつけしたかったの。

コメント

匿名 さんのコメント…
おっ、アクティブな妹が帰って来たと思ったら、今度はアーティスティックな妹に変身ですね!写真は、あのハーブ園とかに青空展示してる流木を拾った海岸かな?
アハハハハハハ、あの積み残しの流木をやっとGET出来たんですネ♪
ps:只今、香川出張の荷造り中っす・・・・・(^^)b
Miya さんの投稿…
兄貴、再び香川へお帰りなさい〜
しかーし、またしても週末を挟まないスケジュールため
島へ寄れないとのこと、どういうことでしょうか?!

運んで頂いた流木をやっと連れて帰ることができました。
一ヶ月以上経つのに同じ場所にそのままあって、さすがは小豆島だなぁと感心しました。
(流木をコレクションしようなんて考える人が他にいないだけ?)

写真はバンクーバー島の西海岸にあるUclueletというところです。
カナダ時代に訪れた中で最も心に残っている場所で
この世に生きている間にもう一度行って長期滞在すること
わたしの夢のひとつです。


匿名 さんのコメント…
アハハハハハハハハハ「また島へ寄れないとのこと、どういうことでしょうか?!」って・・・・・こりゃまた手厳しい(^^;)
もちろん僕も出張スケジュールに週末を挟む事に全力で画策してますよ!
でも現場の進捗状況が最優先で少数精鋭メンバーが召集されるので、なかなか週末を挟むスケジュールにはなりませんm(__)m
必ずパンをご馳走になりに行きますので腕を磨いておいて下さいませ(^^)b
Miya さんの投稿…
おはようございます。
めちゃくちゃ生意気なコメント、大変失礼しました〜m(_ _)m
また遊びに来て頂ける日を一家で楽しみにお待ちしています。
最近パンの粉を変えたので、美味しく綺麗に焼けるように練習しておきます^^v

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。