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汚名返上ゴーヤーとわたしのワイルドドリーム



悲願のゴーヤー収穫開始。

実は我が家の畑では、ゴーヤーにもピーマンと同じようなジンクスが存在していた。
これまで父母が毎年植えていたのに
一度もまともな収穫を得ることが無かったそうだ。

花はいくらでも咲くが、ほとんど実がつかず
実っても、最大でオクラくらいのサイズで成長が止まってしまった。








なので今年、わたしがゴーヤーの苗を連れて帰ってきたときにも
家族からはピーマンの時と同じようなコメントをいただいてしまったのだが
ゴーヤー3株とわたし、やりました!
つまらないジンクスをもうひとつ片付けるのに成功しました。


「何年目にしてやっと実ったゴーヤーだろうか?」
母の言葉がとても嬉しかった。

とても特別なゴーヤーの実を手に、心はガッツポーズの写真撮影。


有能な助っ人、チョコやんも一緒にお祝いしてくれました(たぶん‥)








写真を撮った10分後にはジュースにして飲んだ。

季節になると産直で安く大量にゴーヤーが手に入るので
わざわざ手間をかけて自分で作らんでもえいやんという考えもあるけど
収穫して10分後にジュースのような、自家栽培ならではの贅沢もいいものです。
ゴーヤーさんありがとう。


チョコもゴーヤージュースが好きです。










今年、ハーブだけでなく野菜の栽培もやってみて気付いた。

畑の準備や管理、作物の世話もかなりの労働なのだが
収穫物をタイミングよく収穫して
さらにそれらを上手に活用消費することも決して楽な仕事ではない。
しかしながらやりがいと喜びはとても大きい。


畑のゴーヤーの様子。





支柱を4本正方形に立て網を取り付けたものが彼らの住処。
緑のカーテンのような洗練されたコンセプトなど、ここには存在しません。

内部は雑草が生い茂っていて、3人のゴーヤーたちも
好きな方向へ好きなだけ伸びてくれています。


目指すのは、毎朝ジュースを飲んでも消費が追いつかず
午後のおやつもゴーヤージュースになるくらいの豊作。
ゴーヤーの佃煮も沢山作って友達にもお裾分けし
さらにはやむを得ずゴーヤーを使ったおやつなども思案しはじめるような状況。
わたしとゴーヤー3人の、こんなワイルドな夢。
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