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どうやって



どれだけ救われ助けられ励まされたか。
どれほどの学びや強い精神力を得るきっかけを与えてもらったか。
どれくらい感謝をしているか。

どうやって伝えればよいのだろう?
それらの想いは言葉になれるだろうか。


2年間わたしとわたしの病気と二人三脚で歩いてくれた
主治医の先生が、もうすぐ移動になる。


父に付き添ってもらい緊急外来に転がり込んだ
2年前の9月の日からずっとお世話になり続けた先生だ。

常に患者目線で接してくれ、話はいつも丁寧に聴いてくれ
針が苦手で、ステロイドの副作用も嫌いなわたしの気持ちもよく分かってくれた。
入院中は、こちらが心配になるほどの忙しさにも関わらず
朝夕欠かさず様子を診にきて声をかけてくれた。
患者が辛いときには医者も辛いのだなと気付かされた。

これまでにも何度か書いたかもしれないが、
この先生がついてくれていたおかげで わたしはこの大変な2年間を
前向きに感謝する気持ちを絶やすことなく歩むことができた。
手帳や何冊もある入院記ノートにも、「ありがとうドクター」というテーマで
エッセイが書き上がりそうなほどの記録や思い出が綴られている。


この病気を克服するまでこれからもずっと
この先生に診てもらいたいと心底から願っていたわたしは
突然の報せに言葉を失い、めそめそと泣きながら帰った。
まるで失恋をした少女のように落ち込む自分の姿に気付き
少し笑い、そしてまた少し泣いた。



落胆に浸っているとき、転機という言葉が降りてきた。
どうやらこれは、受け入れなければならない転機の出来事らしいので
今回の転換期とその後をどのように築いていきたいのかを考えてみた。
過去2年間は西洋医学の力を目一杯借りて体調維持を計るしかなかったが
これからは少しずつ薬剤からの離脱と共に自然治癒力が増していき
自分の身体を再建させていく時期へと移り変わっていくことを望む、願う。

願い事が長すぎて、流れ星への願掛けは上手くできなかったが
大空にいつも輝く光たちは、きっとわたしの声を聴いてくれただろう。


しかし、わたしは幸せ者だな。

もう診てもらえなくなるとの知らせが辛くて辛くて
泣いてしまったほど良いドクターに出会えた。

それから、今日の文章を読み何かを想ったり感じたりしてくれる人もいるだろう。




コメント

ぴとみ さんのコメント…
ほんとうにエッセーにしてドクターにお伝えになってはどうでしょう?
Miya さんの投稿…
ぴとみさん、ありがとうございます。
実は、そのように仰ってくださる方が現れるのではと内心ビクビクしていました(笑)

書きたい気持ちは沢山沢山ありますが
私は文章を綴っていく作業にとんでもなく時間がかかるので
納得のいくものに仕上げられるまでにどれくらいの期間を費やすことになるのだろうか‥
想像すると、始める勇気がなかなかでません。。

ドクターが読んでくれることを思えば頑張って書けるかもしれませんね!
入院中はほとんど毎日何かしらを一生懸命に考え、そして一生懸命書いていたので
いつかそれらもまとめてやらないといけないと思っています。


ぴとみ さんのコメント…
書かれた記録すべてに価値があると思います。がんばったのだものね。そのままお伝えになってもいいひとつの作品なのではないでしょうか。
Miya さんの投稿…
ありがとうございます。
患者が医師にそのような記録集をお渡しして
もしご迷惑になってしまったら?という気持ちも多少ありますが
二度と訪れない機会なのかもしれませんし
ちょっとだけ形破りなことをやってみようかな〜

それはそれは酷い字や変な漢字が連なったノートブックたちですよー
しかしわたしにとってはそれらの一文字一文字がとても愛おしいものです。
特に、点滴が入っていて右手が自由に使えないときに
左手で頑張って書いた日記とか(笑)




ぴとみ さんのコメント…
ちっとも型破りではないと思いますよ^^
Miya さんの投稿…
ありがとうございま〜す。
だからわたしはぴとみさんが大好き^^☆

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。