スキップしてメイン コンテンツに移動

岡山へ行ってきた

もう一週間以上も前のことだが、岡山へ行ってきた。


最近はアロマセラピストの課題をかなり頑張っていて
カウンセリングとトリートメントの施術演習を沢山させていただいている。
楽しみつつ、学びつつ、さらに上手くできれば喜んでもらえるのが嬉しくて
大きなやりがいと充実感を感じているのだがやはり
たまには自分も誰かに癒してもらいたくなってくるものでね。

人を癒す立場の人間として成り立つためにはまず
自分自身の心と身体と魂が良い状態であることが大前提だと私は考えている。

人間である限り肉体や精神のストレスや疲れから免除されることは有り得ないだろうから
それらが大きな負担になってしまう前に上手く対処するための技や手段についても
自分に合う方法を見つけて身につけておくことが大切だ。


で、そんな気難しい持論を言い訳に、
友達のお知り合いのタイ古式マッサージの先生に会いに行ってきた〜!!
わ〜い♪


タイ古式も素晴らしくて、心と身体と魂が求めていた通りの
ケアをしてもらって、わたしは再び喜びの光と活力で満たされました。
先生ありがとうございました。

急な計画だったのに仕事を調整して
岡山港までお迎えに駆けつけてくれ、
さらに帰りも港まで送ってくれた友達にも謝謝!!!!!

今回お世話になった方々は
シェルパ(バイク)が出会いをもたらしてくれ、その後ブログが繫いでくれ
そしてアロマが展開させてくれたご縁。


自分が好きでやっている、色んなバラバラなことがリンクして
動き始めたのを感じている。


今回、オリンピアドリームという船に初めて乗った。
高松から土庄港へ帰るときに、土庄港の手前でいつも岡山からの船に先を越されるので
個人的に飛ばし屋の船という印象を抱いていた船に乗ったった!

綺麗な船でびっくりしました。
ガラガラだったけど(笑)



このブログの人気の投稿

旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。