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アロマ部屋の引っ越し

この顔に見覚えのある人はおるかね?




確か小さい頃は、淡い恐怖感を持ってこの面を見上げていた。

長年この木の顔に見守られていた部屋が
わたしと同い年のこの部屋が
先日、アロマの部屋に変身した。



おばあちゃんに背中を押されるように
色々ごちゃごちゃと難しく考え続けるのは止めて
まずは一歩外へ踏み出してみることにしたのだった。










家族みんなで協力してできたのが何よりも嬉しい。



ちょこやんも一生懸命お手伝い中。。




意識的に後回しにしていたトイレ掃除を
いつもの明るい顔で進んでやってくれる母の姿を見て
泣きそうになった。

傷みがあまりに酷かったトイレのタイルを
とりあえずカバーする応急処置を行ってくれ
接着剤でまっ白になってしまった両手を笑顔で見せてくれた父を見て
また泣きそうになった。


そして5日後、とりあえず何とかそれらしく仕上がった。




しばらくはこの場所で、今の自分にできることに一生懸命取り組みます。


(木のお面は、隣の部屋に移動してもらいました。)

コメント

toshi kondo さんの投稿…
手作り感満載のサロンになりそうですね、少しづつ改良して使いやすく みなさんが来やすいサロンを作ってくださいね
Miya さんの投稿…
ありがとうございます。大々的にやっていくための体力や体調や経済力がまだ不十分なので、無理しすぎない範囲で少しずつです。
他に、この場所は私のゼロ地点であり、最終目的地ではないということもあります。
これからこの空間をどのように使わせてもらい、どの程度手を加えることが
理想的かつ現実的なのか、考えて決めていかなければなりません。
自分で道を選んで作っていくことは容易ではなく
不安もありますが、エキサイティングですね。
いつも応援ありがとうございます。

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気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

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言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

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絶対に許してはならないこと

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シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
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先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。