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海族船旅立つ


再び海の人となった彼らに、岸で手を振る側の心の中は満タン以上。
さみしさと少しうらやましさと
刺激的で濃く楽しかった時間への暖かい想いと
彼らに出会えた喜びと
彼らに繋げてくれた友たちへの感謝の気持ちと。
気をつけて行ってらっしゃい。
またいつでも帰ってきてね。

帰宅してから岡の上へ駆け上がると、いたいた!
やっぱりこっちの方へも来てくれた!
嬉しくなって大急ぎで大きなカメラを取りに走り
また海辺へ戻ると、海族の船はすでに風をつかまえ
遥か沖に浮かぶ小さな小舟となっていた。

自分の無駄な行動をやや後悔しつつ
でも最後までしっかり見送った。
どうか 風と潮と大空と、海のかみさまの暖かな愛が
常に彼らと共にありますように。

色々と本当にありがとう!!










海の道を旅立つ彼らに手を振った日の夕方
二年ぶりに家族を連れ島へ帰ってきた弟が
海で泳いできたそうな。
我が家にも海族の血がしっかり流れているのだ。

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絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。



霊能者、霊能力について

霊能力者は、自分の霊能力は自分のためではなく、人に奉仕するために
預けられたものであることを自覚しなければならない。
特別な霊能力を持つ自分は特別な存在なのだと勘違いしてはならない。
純粋な愛(利他愛)の行為として人のため世の中のために活用することを期待され
授けられた神聖な力である。その神聖な能力を汚してはならない。

自身の霊能力に気付いた人間は、それを正しく使うことを心がけよ。
神から託された聖なる力である。
責任感を持ち、気持ちを引き締め、神の使者としての役割を
謙虚に、そして使命感を持ち誠実に使用すること。

自分の金儲けのためや、人から注目されたい、崇められたい、好かれたい等
私的、利己的な目的に用いることは許されない罪である。
現在地上には霊能力を不正に使用し、自身の欲に溺れている霊能者が非常に多い。
悲劇的な状況である。
肉体の死後、彼等が対面することになる償いと埋め合わせのことを思うと気の毒でならない。

霊能者は自分に与えられた霊能力を正しく、他人の利益のために用い
利他愛の行為に徹している限り神の法則に保護され
更なる人助けの可能性が与えられ、世界の人々の幸せに貢献できるようになる。

利他的に生きる者は、利他愛こそが真の愛、真の喜びであることを知っているので
自身の利他的な行為によって自らも幸せを体験するようになっているのだ。
霊能力を正しく人のために用いる霊能者が増えていくことを願う。