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スイカ兄貴の贈り物

今年も千葉のスイカ兄貴たちから、でっかい贈り物が届いたー!!

八街西瓜、別名「千葉の元気球」

嬉し〜い!!!
ありがとうございま〜す!!!!






先週末の土曜日に、土砂降りの中収穫された約300個の中の二つを
送ってくださいました。
弟家族が二年ぶりに帰省中という、絶妙なタイミングで届きました。

どか〜んと二つも!!






ありがとうございます。
みんなでありがたく大切にいただきます。



今、チョコやんは出かけているので
恒例の「チョコとすいか撮影大会」は、また後ほど。
カットした写真を撮るのも楽しみー♪










さて、ここでスイカ兄様たちを紹介しまーす。



実は私、昨年の夏に送っていただいた初めての八街西瓜の味に感動して
生産者の兄様と父上に直接会ってお礼の言葉を伝えたくなり 
年末の関東の旅の途中、スイカ兄様の農園にお邪魔してきたのだった。


撮らせてもらった写真をブログに掲載する許可をもらっておきながら
実行できぬまま半年が過ぎてしまった。
やっとやっと、約束を果たしまーす。

おいおい、今更かよ〜と言われそうだけど、
「兄貴」と「ジム兄」めっちゃ感謝していま〜す!!
また遊びに行きまーす。

自慢のスイカ兄貴たち! かなり季節外れだなぁ(笑) 








右の「ジム兄」と、ジム兄の盲目のお父様がスイカを育て
左の軍曹みたいな「兄貴」が助っ人に加わり
土砂降りの中、3人で収穫作業を頑張ったのだそうです。
お疲れさまでしたぁ。






東京〜神奈川〜千葉弾丸ツアーの一角として
兄貴のかっこいい愛車で連れて行ってもらった♪

弾丸ツアーの記事もまた書かないとなぁ。。
うん、がんばるぞ私。





このときに袋いっぱい頂いた人参も美味しかったなぁ。

本当にありがとうございました。


あまりぱっとしない文章で申し訳ないですが
ともあれできたできた!やっと兄貴たちの写真載せたぞ。
後回しにしていたプロジェクトを成し遂げたような気分だ(笑)



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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。