スキップしてメイン コンテンツに移動

幸せのブルーベリーケーキ








千葉の兄貴が、とびきり美味しい八街ブルーベリーを送ってくれた。
千葉の八街市は、落花生で有名。
私が今まで食べた中で一番美味しいスイカの産地でもある。
初めての八街ブルーベリーも、感動的な美味しさだった。。

一粒食べると止まらなくなり、生で沢山いただき
贅沢なスムージーを作って楽しみ
その後はとびきり美味しいケーキを焼く必要性を感じて
作ったのが今回の写真のケーキだ。
(ケーキの他に、スコーンも作ったぜ♪)

低脂肪を進める食事療法を伴う病気の患者になってから
私はバターを買わなくなり、バターを使ったお菓子は
もう何年も作っていなかったのだが、今回は久しぶりにバターを使った。
バターを一箱買うためだけに、スーパーへ出かけた。

オーブンで焼いている間
ブルーベリーとバターとバニラが溶け合う香りが素敵すぎて
ひとりでドキドキワクワクしてしまった。



幸せな香りの午後。
ルーツは、兄貴との出会いにある。


よく出会えたなぁ。
よくここまで繫いでこれたなぁ。
改めて考えてみると、どちらも奇跡的な出来事のように思えてきて
感謝や感激の感情がわき上がってくる。












兄貴に出会った日のことは、今でもよく覚えている。
仕事をさせてもらえることになった東京のオフィスの一階だった。



「突然がっしゃんと正面衝突して
そのまま未だに引きずり回されているんだよな!」

昨年末、強面の兄貴が笑いながら言っていたのを思い出した。

正面衝突のデイワンからずっと
わたしの心の兄でいてくれたんだよな、この人は。

こんな、人との暖かい縁こそが人生の宝物だと思う。

ありがとう兄貴。これからもよろしくね。


こんなことを思いながら作ったケーキなのだから
美味しくない訳ないでしょ(笑)

ありがとうの、感謝の気持ちを込めて。








参考にしたレシピはこちら
Thank you Stephanie for the beautiful recipe & instruction video!!

このブログの人気の投稿

旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。