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チーズオムレツ





チーズや黒コショウを入れた、ごく普通のオムレツを作って食べた。
普通にチーズが乗ったピザとか、揚げ物とか。
多くの人が普通に食べているような食べ物。

病気になって最初の1年半くらいは、そんな普通の食べ物を
馬鹿丁寧に避けながら過ごした。
食べ物のラベルにも全部目を通し、脂質の多い物や
ガイドラインでNGとされている材料が含まれるものは徹底的にXとしてきた。
脂質をストイックに制限していたためか、
切り寿司に乗っていたスモークサーモンを一切れ食べただけで
胸焼けを感じてしまったこともあった。
外食もほとんどしなかったし、出先での食べ物が心配で旅行にも行けなかったし
友人や親戚の家で食事をごちそうになることにもストレスを感じて
出来る限り避けたり逃げたりしていた。

そのうちに、自分自身を厳しく規制することは
自分のためになっていないことに気付いた。
自分の内側から繋がる世界と深く向き合う静かな日々を過ごさせてもらううちに
身体の声やインスピレーションの声を聴く力を身につけられて
自分自身も、自分を取り巻く世界も少しずつ変化していった。


食べ物に関しては、出されたら少しだけ食べる勇気から
出されたら普通に食べる勇気へと展開した。
誰かが作成したガイドラインに従うのではなく
直感的に自分の身体が欲しいと思うものは喜んで食べるようになった。
今朝は、以前の自分なら即却下していたような料理を
自分で作って食べる勇気と喜びも確認できた。

鶏以外の肉を食べる勇気はまだだけど、
そのうちに、普通に食べれる日も来るのかもしれない。


完治しない病気になってしまった事実に対面したとき
これから自分は病気と共に生きるしかないのだと思った。

そして、私はその通り約3年間、病気を受け入れ
病気と共に生きる自分をやってきた。

沢山の体験や学び、気付きに恵まれた。
この3年間で自分が得たものは、多過ぎて大き過ぎて愛おし過ぎる。
それらを自分の力として身につけた今の自分が、私はすごく好きで
病気になる前の自分に戻りたいとは全く思わない。

そうやって、自分大好きになれた3年目。

病気と共に生きる自分は過去の自分とし、
これからは、病気を経てたどり着いた自分として生きることにする。


オムレツは、ケチャップとメイプルシロップでいただくのがおいしい。









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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。