気圧965




気圧計の青い針が965を指した午前9時半ごろ
窓ガラスを叩き付けるような風雨がおさまり、蝉が鳴き始めた。

私たちは台風の中心にいました。









この気圧計は昔、父親がヨットに乗っていたころ使っていたらしい。

よく一緒にセイリングしていた同級生の友人からのプレゼントだったそうだ。









古くて暖かみのある気圧計をえらく気に入ってしまった私は、父に聞いてみた。

「お父さんが死んだら、この気圧計を形見にもらってもいい?」











表現があまりよろしくなかったのかもしれないが、
我が家では、生きている人物と死んだ人物の境界線が
あまりはっきりしないような会話が常に繰り広げられているので
まあいいだろうと思って(笑)


父は少し驚き、そして笑いながら言った。

「別に死んでからでなくても、みやが気に入ったんなら持っとけばいいよ。」

そして父は続けた。

「死んだら、何一つ物は持っていけんからな。
欲しいものがあるなら、何でももらってくれ。」







これって、親の愛というものだろうか?


自分は「親」という立場を体験したことがないから
あまりよく分かっていないのだろうが
さっきの言葉の背後に込められた父親の愛を察して
涙がたくさんこぼれた。
涙をぼろぼろこぼしながら、この更新を書いた。


お賽銭よりも他人への奉仕を

初詣で参拝者が長蛇の列を作っているのを見て 行列に並んでいるほとんどの人が、きっと当たり前のように 自分や自分の大切な人の幸せな一年をお願いしているのだろうと想像し、 初詣参拝者が皆、自分の願い事だけでなく 世界平和を自分の願い事と同じだけ思いを込めて願ってくれるよう...