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魂が寛ぐ時
















魂が穏やかに寛ぐ瞬間に
あなたは今年、何回出逢えましたか?



美しい日暮れと共に一日が終わるとき、あなたは何を思いますか?



日常生活に追われていると
夕陽を眺め、一日の終わりのひとときを過ごす機会には
なかなか巡り会えないという人が多いのではないだろうか。


私も、以前ほどは夕陽や朝陽に逢えなくなった。
だからこそ、出逢えた幸運を今まで以上に喜び
今まで以上に感謝をし大切にしたいと思う。


今の瞬間に、今日という日に感謝をすることは
幸せな明日への祈りです。


コメント

toshi kondo さんの投稿…
登るの大変だけど、たどり着くとここは神様の居場所だなあと思います。
夕焼け見てて暗くなると帰るのがたいへんなことになりますね、気をつけてください✌
George さんのコメント…
自分再発見です。
どうやら僕は、雲が好きなようです。
Miya さんの投稿…
こんちゃん、こんにちは。久しぶりに重ね岩へ登り、頂上へたどり着いたら思わず「ただいま〜」と言ってしまってた(笑)
ありがとうございます。気をつけて上り下りします。最近は、イノシシが多くて、そちらも気になります。
行かれる方は、充分お気をつけくださいね。
Miya さんの投稿…
Georgeさん。
お!雲好き仲間発見^▽^

雲は、空の色々な表情を表現してくれくれますよね。
雲一つない空も好きですが、素敵な雲に描かれた空も大好きです。
また気に入った写真が撮れたら載せますね。
ありがとうございます。
rakuda さんの投稿…
最近朝のウォーキングで朝日を見ています。
確かに朝日を見ると感謝の気持ちや1日を丁寧に生きようという心構えが芽生えます。
朝日や夕日は人の心を浄化するような何かがあると思う。
きっと太古の時代からみんなが癒されてきているのだもの。
それができない現代人の生活は少し曲がってきてしまったのかなあなんて思います。

ちなみに朝日を眺める人とか夕日を眺める人って英語でオシャレな言い回しってあるのでしょうか?

小豆島からの便り 楽しみにしています。
Miya さんの投稿…
rakudaさん、こんばんは。

素敵なお便りありがとうございます。
rakudaさんの文書からは癒しが溢れていますね〜
朝日の光りは全てを浄化して希望や再生を感じさせてくれますよね。
最近朝日を浴びていない私もまた、朝ウォーキングしたくなりました。
宿題のフレーズ、考えておきます^^
数日後に改めてお返事書けると思いますので、楽しみにしててくださーい。

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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。