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答えは愛でした。


今まで色々大変なこともあったけど、がんばって今日まで生きてきて良かったと
心から思えるようなことがありました。
歓喜と感激の心に浮かんできたのは、「答えは愛でした。」という言葉です。

私は気付きました。
全ての不安や問題、全ての逆境や壁への答えは
それらを愛で包み込むことでした。

愛が道を切り拓き、愛が私たちを守り、私たちの力となり導きとなるのだと
気付きました。






一年近く前に、記録したメッセージがある。

自分を内観していたら、「愛する力で全ての困難や障害を乗り越えてみれば」
と聞こえてきたのだった。




愛する力って、愛の力って、何?

問い返したら、以下のメッセージを受け取った。




自分がそうしたい、欲しい等の願望や欲望ではなく
ただ相手を思う愛。

その愛を維持することができれば、愛は最強です。

全ての問題や困難を包み込んで愛に変えていくでしょう。

それが究極の愛です。



あなたが望めば、あなたは究極の愛を生きることができます。

究極の愛を生きてみませんか。












当時は、「はい、ではそうしてみます」と答えたわけではないのだが
自分の魂は、その言葉に少しでも近づけるように努力をしてきたのだと思う。



答えは一年前に与えられていたのだった。




これから生き続けていくと、未知、未体験の困難や試練に出会い
壊れそうになったり逃げ出したくなるような機会も何度となくやってくるのだろうが
自分がこの世を旅立つ時が来たら、一点の曇りもない心で私は言いたい。


「やはり答えは愛だった。全ての問題への答えは愛だった。」










ペニーロイヤルミントの花が咲きました。
マリーゴールドも、バジルも咲いています。



今日は時折、蝉が夏を告げるような鳴き方をしています。

夏は活動の季節。

収穫の秋へ向けて活発に動いていく時期です。


季節を感じ、季節のエネルギーと調和を保つように生きていくこと。
巡る季節に対して好き嫌いを言わず、与えられた環境に感謝をすること。
与えられた環境の中で、自分にできる最善を探り
自分の最善を実行できるよう努力すること。
それができれば私たちは、自分ひとりの力以上のものを発揮しながら
生きていくことができます。


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旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。