愛だけ


私は、いわゆる「パワーストーン」と呼ばれている天然石などが好きだ。
調和の音が鳴るものや、塩やお香や炎などの浄化グッズ、
エッセンシャルオイルなどを使って自分だけの癒し空間を作るのも好きだ。

しかし、精神統一、瞑想の訓練をしていると感じる。
物は物特有の重さを持っていて
そちらに意識を傾けたり、それらに拘っていると
その重さに引っぱられてしまう。
集中力が、こちら側の世界に持っていかれて瞑想が深まらない。
本物の祈りを試み、本物のスピリット世界と繋がるためには
物質的なものは何もいらない。何も持たない方が良い。

好んで集めた癒しグッズは喜びや安らぎを与えてくれたり
空間の浄化や自分を整えるのに役立つが
いずれも力を発揮するのは表面的な次元に限定され、
深い魂の世界へと旅をするのは自分の意識のみである。
物の重さをそぎ落としたとき、繋がる(開ける)世界があり
それは我々が ”死んだ”後に生きることになる世界の一角なのだろう。

私たちが死んだら、この世で ”生きている” 間に得た物質的なものは何一つ持っていけない。
持っていけるのは、死後の自分を現すものは、
生きている間に自分が施した愛だけだという。





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