スキップしてメイン コンテンツに移動

道しるべ

2016年12月29日。
今日はこれから実家の餅つきを手伝う。
外の空気はぴりりと冷たく、空は沢山の綿雲で銀色に光っている。
今朝は産直へ買い物に行き(すごい人だった!)
サツマイモや人参、葉ネギなどを買った。
裏の畑でレモングラスを一茎刈ってきて、グアバの茶葉も加えてお茶を沸かした。
母が、前の畑のレモンも収穫できそうだと言うので見に行くと
黄色に熟れた元気な小ぶりのレモンが5個!
2014年春の大師市で買ってきて植えたレモンの苗木、
2016年年の瀬、ついに初収穫の時を迎えた。
いつからだったかよく覚えていないのだが
慌ただしく日々に追われて走り続け
いつの間にか年末になっている。
そうか、今年はもうあと残り二日だったのかと
今日気付いたのだった。








冒頭は今朝、初めて来年の手帳に書いた文章の一部です。



今年は新たな取り組みが多く正に充実の一年だった。
自分の時間の感覚が狂ってしまったのではと思うほどに
本当にあっと言う間だった。
今まで体験したことのない難しさにもぶつかり、沢山悩み
怒り狂う日々も、まあ多かったこと!
しかしそれらの苦難の中、霊的真理に救われ導かれ
自分の信念や生き方、人生の目的が定まっていったのだった。





守護霊や神の愛への揺るぎない信頼を実感できるようになり
自分はもう何事も恐れる必要はないのだと思えるようになってきた。

色々な準備が整い、来年からはいよいよ実践の時期に入るのだなと感じている。


たぶんこれが今年最後の更新です。

最後の更新を、可愛い花たちの写真と
先日出会った美しく不思議な空の写真と
道しるべの言葉で締めくくります。



今年も一年間、ありがとうございました。
穏やかな年末年始をお過ごしくださいますように。

愛を込めて。





あなたは、この世で何か”立派なこと”を成し遂げることは考えず望まず
ただ今与えられた仕事に精一杯、誠意を持ち取り組むこと。
どうでも良いことや、物欲や金銭欲等、肉体的な欲求に無駄な時間を費やさないこと。
霊主肉従、利他主義、道具意識。
それらがあなたの道しるべです。





このブログの人気の投稿

旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
仕事や家事など様々な雑務、日常のしがらみから解放され
楽しい旅に出かけるのだ。
愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
見送る我々には悲しむ必要など無いはずである。
喜んで見送り、感謝と愛を込めて送り出す以外に何が要るのか?








先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。